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May 12,2002 sun.

舞踊家、勅使川原三郎氏のファンサイトが、見たい、あって欲しい。

インタビューやダンス評論家のテキストなどは、あるけれど、
本格的なファンサイトは、表立って見当たらない。
作ってみたいと、少し思っている。

そういう訳で、ネット上に分散している関連記事を許可を得て、
掲載していくという方法もいいのでは?と検索の旅に出てみた。
検索結果の中で読んでみたいというページに飛んでみる、
始めに管理人さんの書いた勅使川原氏のページに伺う。
テーマの中核となるものが“箱庭療法と芸術について”というもので、
興味深く読ませて頂いた。
そして、サイトのトップに行ってみると、
『中古建築愛好会』というタイトル。
そこには、私が20代から彷徨って(おおげさかも)来た世界が、
爛々(私にとってはです)と展開されていた。

幾つかは、過去に何度も行っていた場所だったり、
まだ行っていないけれど、気になっていた場所だったり、
もう失われてしまったものだったり。
古き良き東京のモダン建築物や、風景が、私の心を捕らえて離さない。
この出会いのきっかけとなった勅使川原三郎氏が、東京という街についてこう語っている。

+ + +

東京っぽいと言う場合の「ぽい」の部分が随分薄まってしまっている、という感じはします。
元々あまりガツガツしていないのが東京でした。
それが、一攫千金を求めて外からやって来る人たちに、ザワザワザワザワさせられてしまっている。
ロンドンの人なんかは東京のことが好きですよね。それはこの違和感が面白いわけでしょう。
でも実際に住んでいる人間にとっては、その違和感が病的に感じられることがありますね。
普通の感覚でいられる、力まないでいられる、東京はそういう街だったのになあという思いはあります。
こざっぱりしていて、そんなおしゃれもせず、無理していろいろなことをしないのが東京人でしたね。

+ + +

何が、失われてしまったのだろう。
人々は、何を追い求めているのだろう。
今、巷で騒がれているスローライフとは、一体なんだろう。
「何かが、おかしい」「何かを変えなければ」という危機感だろうか。
勅使川原氏の言葉をぼんやりと憧憬のような気持ちで受け止める。

私も東京人から見れば、ザワザワに一役買った人間の一人かもしれない。
でも長くもともとの東京人に囲まれて生活していくにつれて、
私達も“無理していろいろなことをしない”環境に順応してきている。
それは、とても楽で健全で、実はお金もそう使わない。

さて?ここでモダン建築とどう繋げよう...(笑)
あのような建築物を見たり、実際に入ってみたりすると、
今よりもっと健全なエネルギーに溢れた東京を感じるような気がする。
そう先の憧憬にも似た気持ち。
古びた饐えた風景とも言えるだろうか、廃虚同然の姿にだって、なにか懐かしいものを感じる。

まだ、このサイトの管理人さんとちゃんとお話していないのだけれども、
もちろんリンクをお願いしたいと思っている。
今の私は、なにやら嬉しくて。
今日は、日曜だけれど、ゆったりと自分のことをする。
仕事が、遊びより楽しいから、困りもの。

「日常のすべてが稽古だと思ってます」
Saburo Teshigawara

ダンサーとしての肉体の衰えうんぬんと言われているけれど、
東京人である彼の体、思想から踊りだす幾多ものポエジーに私は、惹かれているのだから。
そういうファンサイトが、欲しい。

今日の空は、生温い薄曇り。

EGOCENTRIC BINOCHE Violently Happy