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舞踊家、勅使川原三郎氏のファンサイトが、見たい、あって欲しい。 インタビューやダンス評論家のテキストなどは、あるけれど、 本格的なファンサイトは、表立って見当たらない。 作ってみたいと、少し思っている。 そういう訳で、ネット上に分散している関連記事を許可を得て、 掲載していくという方法もいいのでは?と検索の旅に出てみた。 検索結果の中で読んでみたいというページに飛んでみる、 始めに管理人さんの書いた勅使川原氏のページに伺う。 テーマの中核となるものが“箱庭療法と芸術について”というもので、 興味深く読ませて頂いた。 そして、サイトのトップに行ってみると、『中古建築愛好会』というタイトル。 そこには、私が20代から彷徨って(おおげさかも)来た世界が、 爛々(私にとってはです)と展開されていた。 幾つかは、過去に何度も行っていた場所だったり、 まだ行っていないけれど、気になっていた場所だったり、 もう失われてしまったものだったり。 古き良き東京のモダン建築物や、風景が、私の心を捕らえて離さない。 この出会いのきっかけとなった勅使川原三郎氏が、東京という街についてこう語っている。 + + + 東京っぽいと言う場合の「ぽい」の部分が随分薄まってしまっている、という感じはします。 元々あまりガツガツしていないのが東京でした。 それが、一攫千金を求めて外からやって来る人たちに、ザワザワザワザワさせられてしまっている。 ロンドンの人なんかは東京のことが好きですよね。それはこの違和感が面白いわけでしょう。 でも実際に住んでいる人間にとっては、その違和感が病的に感じられることがありますね。 普通の感覚でいられる、力まないでいられる、東京はそういう街だったのになあという思いはあります。 こざっぱりしていて、そんなおしゃれもせず、無理していろいろなことをしないのが東京人でしたね。 + + + 何が、失われてしまったのだろう。 人々は、何を追い求めているのだろう。 今、巷で騒がれているスローライフとは、一体なんだろう。 「何かが、おかしい」「何かを変えなければ」という危機感だろうか。 勅使川原氏の言葉をぼんやりと憧憬のような気持ちで受け止める。 私も東京人から見れば、ザワザワに一役買った人間の一人かもしれない。 でも長くもともとの東京人に囲まれて生活していくにつれて、 私達も“無理していろいろなことをしない”環境に順応してきている。 それは、とても楽で健全で、実はお金もそう使わない。 さて?ここでモダン建築とどう繋げよう...(笑) あのような建築物を見たり、実際に入ってみたりすると、 今よりもっと健全なエネルギーに溢れた東京を感じるような気がする。 そう先の憧憬にも似た気持ち。 古びた饐えた風景とも言えるだろうか、廃虚同然の姿にだって、なにか懐かしいものを感じる。 まだ、このサイトの管理人さんとちゃんとお話していないのだけれども、 もちろんリンクをお願いしたいと思っている。 今の私は、なにやら嬉しくて。 今日は、日曜だけれど、ゆったりと自分のことをする。 仕事が、遊びより楽しいから、困りもの。 「日常のすべてが稽古だと思ってます」 Saburo Teshigawara ダンサーとしての肉体の衰えうんぬんと言われているけれど、 東京人である彼の体、思想から踊りだす幾多ものポエジーに私は、惹かれているのだから。 そういうファンサイトが、欲しい。 今日の空は、生温い薄曇り。 |
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